東久留米市内の「九条の会」


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東久留米「九条の会」事務局
Tel:042-473-9489(鈴木)
higashikurume9@jcom.home.ne.jp





結成のつど




 


劇映画 「母」―小林多喜二の母の物語―   上映します

原作 三浦綾子   監督 山田火砂子
日時:10月6日(金)    @14:30〜      A19:00〜
場所:成美教育文化会館グリーンホール 
http://syuurenkai.or.jp/pages/seibi-map.html
前売り券 1000円(当日券1100円) 高校生以下、障がい者500円(前売、当日)
お問い合わせ」・電話予約 042-478-3266(大山)
主催:映画「母」上映実行委員会

チラシダウンロード(PDF)

戦争はイヤ!声をあげよう実行委員会(東久留米「九条の会」も参加しています。)の中で決まり、上映実行委員会として企画しています。

いわゆる「共謀罪」が強行採決され、施行しました。現代版「治安維持法」とも言われています。治安維持法の下、危険分子とみなされた小林多喜二は、国家権力によって殺されてしまいます。
多喜二の母セキを演じる寺島しのぶは、「原作を読み、セキの海のように広い母性と心の強さを感じた。多喜二という人物を日本の人に知ってもらうため、全霊を込めて演じたい」と話しています。


自民党改憲草案を読むC⇒基本的人権11,12,13条



 日本国憲法の価値を守り抜こう 佐藤学(学習院大学教授)


 安倍首相は、「日本国憲法」について「占領下でアメリカに押し付けられた憲法」と言って、憲法改正を自己目的としています。しかし、「日本国憲法」は第二次世界大戦後の国際的な平和への願いと人権の高まりを背景にして成立したのであって、占領国であるアメリカ一国の国益中心に作られたものではありません。国産かどうかを基準にするなら、戦前の「大日本国憲法」の方がよほど外国産でした。伊藤博文は、ドイツの法学者にロエスレルに条文を書かせ、第一条を修文して「万世一系の天皇之を統治す」としたのが「大日本帝国憲法」でした。 それに対して「日本国憲法」は、二度と戦争を起こさないことの意志と、個人の尊厳を樹立する民主主義社会を建設する意志を国際社会に対して確約した憲法でした。その象徴が9条です。事実、戦後70年以上にわたって、日本は朝鮮戦争とベトナム戦争において戦争に協力しましたが、一度も戦争を起こさない確約は守り通してきました。世界には200近い国々がありますが、第二次大戦後、戦争を起こさなかった国は7か国しかありません。その一つが日本です。この事実が、憲法9条の価値を示しています。

 私は、広島県で生まれ育ちました。広島県で生まれ育った人で、憲法9条の価値を疑う人はいないでしょう。私の父は戦時中は軍隊を忌避して結核に罹患したり大学の専攻科(大学院)に進学して戦争から逃げ続けましたが、原爆直後には自ら志願して「ヒロシマ」へ一か月間、ボランティアとして入りました。「ヒロシマ」の腐乱した人体と肉が焦げる臭いは一生身に沁みついて忘れられなかったと語っていました。私の母は、父親が軍部に反対した民政党議員であったため、戦時中は特高警察が常駐して「国賊」扱いをされ、その心理的負い目を抱えて「朝日新聞」の戦争協力キャンペーンの「銃後の婦人」の写真モデルまで経験しています。その母も原爆直後の「ヒロシマ」に親戚の遺骸を探しに一週間入っています。私の誕生そのものが、戦争と原爆の歴史を刻印しているのです。その私が、戦争に反対し、憲法9条を守り抜く闘いを行うのは人生の使命であり、責任だと思っています。

 高校時代に最初にデモに参加したのも、平和への願いからでした。福山市のべ平連によるベトナム戦争反対の小さなデモでした。その頃、教育学者である長田新の『原爆の子』と『ペスタロッチ伝』を読んで、大学で教育学を学ぶことを決断しました。戦争のない社会、暴力のない社会、貧困や差別のない社会を築くには教育しかないと思ったからです。

 その教育ですが、「日本国憲法」の教育条項である第26条は、もともとのマッカーサー原案にはありませんでした。第25条の生存権もそうです。この二つは、日本側が準備し起草し、国会で審議されて実現した条文です。この二つの条文の基礎は、戦前の憲法で最も民主的と評価されるワイマール憲法に求められます。したがって、第26条の「教育を受ける権利」(学習権)は、第25条の生存権とつなげて認識する必要があると思っています。さらに言えば、この「教育を受ける権利」(学習権)は、「日本国憲法」の枢軸でもある個人の尊厳を謳った第十三条の「幸福追求権」の精神で解釈する必要があると思っています。「幸福追求権」は、もともとアメリカの独立宣言において、したがってアメリカの憲法において成立した人権思想です。その歴史的伝統を継承したのが、憲法の第十三条です。

 教育基本法は「教育の目的」を「人格の完成」と規定していますが、もともと教育刷新委員会の務台理作委員長は「人間性の形成」と表現していました。田中耕太郎文部大臣の主張する「人格の完成」に対して務台理作は、その狭隘さに憤って委員長を辞職した経緯があります。私も同様の意見を持っています。教育の目的は、憲法第十三条の「幸福追求権」と第二十五条の「生存権」の実現に求められうべきだと思います。このように、「日本国憲法」は、国際的な憲法の歴史の最先端の思想を表現して作成されました。子どもたちの将来と日本社会の未来のために、その価値を守り抜きたいと思います。(九条の樹68号)