自民党改憲草案を読む


「自民党改憲草案」の問題点を紹介し、いっしょに学習していきたいと思います。皆様のご意見ご感想を事務局までお寄せください。
事務局:tel/fax 042-473-9489(鈴木)  メール higashikurume9@jcom.home.ne.jp

E
緊急事態条項の新設
 自民党改憲案は、「緊急事態」という名称の第九章を新設しました。 改憲案九八条では、緊急事態を「我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱などによる社会秩序の混乱、地震などによる大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態」と定義し、内閣総理大臣は緊急事態を宣言できるとして、宣言の根拠規定や手続きを定めています。 改憲案九九条では緊急事態下では、「何人も」「当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない」とし、その効果を定めています。
 そもそも「緊急事態」条項が
新たに規定されたのはなぜなのか、また本当に必要な条項なのか知ることが必要です。
 自民党の『改正草案Q&A』では、「東日本大震災における政府の対応の反省を踏まえて、緊急事態に対処するための仕組みを憲法上に規定」とあります。大規模災害が起きたときには災害対策基本法などに緊急政令の規定があり、憲法を改正しないと緊急事態に対処できないわけではなく、災害対策としての緊急事態法制の整備というのは、一種の口実に過ぎません。改憲案が緊急事態制度を運用することを想定しているのは、「外部からの武力攻撃」と上げているように「戦争をする国」づくりの一環です。
 『改正草案Q&A』では、「外国の憲法でも、ほとんどの国で盛り込まれている」とあります。緊急権は戦争条項のひとつです。現行憲法では前文および九条により、日本が戦争をしない国として正規の軍隊は持たないため、緊急権は必要がありません。成文憲法をもつドイツ、イタリア、フランスなどでは戦時の緊急事態を定めていますが、その発動の要件が非常に厳格です。
 自民党改憲案では、緊急事態の認定の要件がとても緩くなっています。九八条では緊急事態を定義していますが、「等」「その他法律の定める」を含んだ曖昧さを持ち、内閣総理大臣が「特に必要があると認める」ことがここでは規定され、緊急事態であるかどうかは、内閣総理大臣が自分で決めて閣議にかけて宣言します。国会の本会議ではなく、閣議にかけます。
        (角田直子)

 ―次号に続きます。―


D
〜人権条項のつづき〜
 前回は自民党改憲案の人権条項の基本的な特徴について、現憲法では国民が「個人として尊重される」としていますが、自民党案では「個人」としての言葉を消して「人」に変えていること、そして人権全体が「公益に反しない限り」の制限を受けることなどに触れました。

集会、結社、言論、出版の自由に規制がかけられる

 今の憲法の21条「集会、結社および言論、出版の自由は、これを保障する」は自民党案では次の項が加えられます。「前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。」
 これはオウム真理教事件の反省から、危険な表現活動や結社はあらかじめ規制するためなどと、言っていますが、何を危険として、どのような団体や活動を規制するかは時の政府の判断次第です。

個人より家族を大切に〜「家族条項」を新設

 自民党憲法草案24条は「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として尊重される。家族は互いに助け合わなければならない。」としています。これは全く新しく挿入された条項です。 今の憲法の24条は「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」と定めています。
 戦前は「家」制度の下で、結婚は家長(戸主)の同意なしには認められず、家と家の関係とされました。妻には財産の管理権も相続権も認められず、女性は基本的に無能力者とされました。昭和12年に文部省が編纂した「国体の本義」には「我が国の生活の基本は、西洋のごとく個人でもなければ夫婦でもない。それは家である」「我が国は一大家族国家であって、皇室は臣民の宗家にましまし、国家生活の中心であらせられる」と書いています。このような「家」中心主義の戦前の価値観を否定して、家族関係を、個人の尊厳と両性の平等に基づいて再建することが今の憲法の24条の目的でした。
 自民党改憲案は解説で「家族は互いに助け合わなければならない」と規定したことは「親子の扶養義務」を含み生活保護受給の制限の根拠となることを示唆しています。
来年にも憲法改定国民投票をねらう自民安倍政権 
 自民党の安倍政権は、憲法改正の発議に必要な3分の2以上の議席を持っています。この議席数のあるうちに何としても憲法「改正」をしようとしています。そのためには、今まで紹介してきた「自民党憲法改正草案」では国民の理解を得る時間も自信もないようです。そこで憲法9条に3項を加えて、自衛隊を書き込むことを一番の狙いとして、準備をすすめています。秋にはその自民党案をまとめることになっていますが、今述べた「家族条項」を追加すべきだという意見も内部から出ています。「家族を大切にしましょう」と言えば、国民はだれも反対しない、と考えているからです。しかし、その中身は今述べたように、戦前の「家」中心主義の復活がねらいです。そのことによって国民の人権全体を変質させ、社会をあと戻りさせることは許せません。   (鈴木)
ここに文章を書きます。



C
11,12,13条 基本的人権
「基本的人権」11・12・13条 日本国憲法の中心の「国民の権利」が、自民党改憲案でどう変わるのか見てみます。
 傍線は改定部分。
      *
基本的人権の享有
第十一条 国民は、すべての基本的人権を享有する。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利である。

国民の責務
第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任が及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。
(人としての尊重等)

第十三条 全て国民は、として尊重される。声明、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政上の上で、最大限尊重されなければならない。
      *
 紙面の都合で現行憲法を載せられませんが、ぜひ読み比べてください。
 一読して目立つのは第十三条で個人を人に書き換えていることです。
 個人として尊重と、人として尊重ではどこが違うのでしょう。ここが実は憲法の核心の部分です。憲法はそもそも、権力が国民の権利を侵害することがないように、国民に対して「ここまでは自由ですよ、保障しますよ」という約束なのです。「個人として尊重される」というのは、(国または公務員は)国民を一人一人違う価値観を持った人間として尊重するという意味なのです。それが「人」に変えられると、一人一人違う個性や価値観を持った個人としてではなく、イヌ、サルなどとは違うヒトという種類としての分類に変えられてしまいます。逆に言えば、国、公務員は国民の個性や価値観を持った個人としては尊重しなくてよいとも読めるのです。これは人権の核心の部分です。
 二番目に公益、公の秩序による人権の制限が大きな問題です。この公益や公の秩序という言葉が何を意味するかの記述がなくあいまいです。時の政府などの考えでどうにでも決められるものです。それは憲法改定されていない現在でもすでに行われています。
 「日米同盟は大切だ。米軍の求める沖縄の基地は公益上必要だ」という論理で政府は沖縄の基地を存続させ、県民が反対する新基地建設を進めています。これにより沖縄県民の「生命、自由、幸福追求の権利」は侵害されていないでしょうか。
 政府の論理を憲法に書き込もうとするのが自民党憲法草案の大きなねらいといえます。




B
第9条
第9条(現行)@日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
A前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

《今回は自民党改憲草案ではなく、安倍首相が突如発表した、1項2項はそのままにし、自衛隊を書き込む、という改憲案について考えます。》

 安倍晋三首相は「憲法九条の1、2項を維持して、自衛隊を明記する文言を追加する」と従来の自民党案と事なる改憲案を突如提示してきました。『前条1項2項の規定は自衛隊を置くことを妨げるものではない』など、自衛隊の存在を憲法に書き込むものになると思います。
 すでに安倍政権は憲法解釈を大きく変更して、集団的自衛権の行使を認めた安保法制を施行しています。さらに憲法九条に自衛隊を明文化することは、2項を死文化することに他なりません。
 自民党案では国防軍と明記されていましたが、さすがにこれでは通らないと考えたあげくの、国民をだます策なのでしょう。
 9条には、1項で戦争と武力による威嚇、武力の行使の放棄、2項で陸海空軍その他の戦力は保持しない、国の交戦権は認めないとはっきりと書かれています。自衛隊を付け加えるのは全く矛盾したものです。
 歴代自民党政権はこの九条規定を無視し、自衛隊を巨大な軍隊として増強してきました。さらに安倍政権は、九条の下で許されないとされてきた集団的自衛権の行使についても、勝手な憲法解釈により、実行可能にしました。
 安倍首相も、さすがに国民の大多数が九条の変更に反対していることはわかっています。本当は2項を削除して国防軍を明記したい所ですが、それでは通りません。苦肉の策で考え出されたのが『自衛隊の明記』です。立憲主義を破壊する安倍政権の下で、9条に自衛隊を書き込めば、どのような事態になるか火を見るより明らかです。戦争に巻き込まれる危険が増大します。自衛隊の役割、任務が止めどなく拡大していく事は避けられません。
 9条2項が禁止している戦力と矛盾する自衛隊を明記すれば、2項の制約は自衛隊には及びません。事実上の軍隊として海外での無制限な軍事行動に道を開くものになります。
 「1項2項に手を付けないから良いではないか」という主張は耳に入り込みやすい。しかし、これがごまかしです。
 河野洋平元衆議院議長も「現実に合わせて憲法を変えるのではなく、現実を憲法に合わせる努力をしてみるというのが先」と話したといいます。
 日本はもとより世界の平和、国民の生命を守る、そのためにも憲法九条を守る戦いを粘り強く推し進めていくことが一番大切だと考えます。   (渡辺)


A
第一章
 天皇第1条(天皇)
 天皇は、日本国の元首であり、日本国及び日本国民統合の象徴であって、その地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。
第2条(皇位の継承)
 皇位は、世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。  
第3条(国旗及び国歌)
1 国旗は日章旗とし、国歌は君が代とする。
2 日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない。
第4条(元号)
 元号は、法律の定めるところにより、皇位の継承があったときに制定する。
第5条(天皇の権能)
 天皇は、この憲法に定める国事に関する行為を行い、国政に関する権能を有しない。
第6条(天皇の国事行為等)
1 天皇は、国民のために、国会の指名に基づいて内閣総理大臣を任命し、内閣の指名に基づいて最高裁判所の長である裁判官を任命する。
2 天皇は、国民のために、次に掲げる国事に関する行為を行う。

 前回は自民党改憲案の前文を読み、@現憲法が戦争の否定、世界との友好などを基調としているのに対し、天皇を頂点に置き日本国を愛することに重点を置いているA国民より国家を重視B国民が主人公の国から「国」が主人公の国へ向かう点などを問題としました。 今回は自民党改憲草案第一章「天皇」の項を見ます。大きく変わる部分です。
 第1条で「天皇は日本国の元首」としています。元首とは対外的に国を代表するものです。現憲法が戦前の天皇制への反省から天皇を「象徴」とした方向とは違ったものになりえます。
 第3条「国旗は日章旗とし、国歌は君が代とする。日本国民は国旗及び国家を尊重しなければならない」が新しく加わります。「国旗国歌法」で、日の丸を国旗、君が代を国歌とすることは決まっていますが「尊重しなければならない」とまでは書かれていません。明治憲法にもありません。国民の新たな義務とされるのです。
 第4条「元号は、法律の定めるところにより、皇位の継承があったときに制定する」これも「元号法」ですでに決められているものを憲法にも持ち込んだものです。
 第6条 天皇の国事行為では新たに「天皇は国または地方自治体その他の公共団体が主催する式典への出席その他の公的な行為を行う」とし、新たに「公的行為」も行うとしたことは注意すべき点です。

前文で「日本国は・・・天皇を戴く国家であって」という言葉から始まるのは偶然ではありません。この「自民党改憲草案」の筆者たちの「日本会議的な」思想が第1章「天皇」によく表れていると言えます。                   (事務局 鈴木)

参考書「あたらしい憲法草案のはなし」自民党憲法改正草案を爆発的にひろめる有志連合(自爆連)著 太郎次郎社エディタス


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前文
(草案)
 日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
 我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。
 日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
 我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
 日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。
(現行)
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

 憲法の前文は、この憲法は、どういう趣旨なのかということを示す部分に当たりますから、前文だけ見ても、自民党は大幅に趣旨を変えるものを作ろうとしていることが分かります。 現行憲法では、主に人類の平和や戦争の否定、世界との友好などに重きを置いているのに対して、自民党の草案では、「天皇を頂点に置く」ことや「日本の郷土を愛し、日本人であることに誇りを持つ」などといった、世界的な平和主義の観点よりも「日本を尊び、国を愛する愛国心」に重きを置く内容に変わっています。 
 現行の「日本国民」から「日本国」「我が国」に変わったことは、「国民」より「国家」を重視し、国民主権を後退させています。
 「ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有すること」を削除しました。平和のうちに生存することはもっとも基本的な人権とされる平和的生存権を否定しています。
 国民が主人公である憲法から、国家が主人公である憲法へと、この国の形を大きく変えようとする考えがこめられています。
 最後の段で、憲法の本質は、個人の尊重を実現するために国家権力を縛ること、つまり権力規制規範ですから、これはおかしなことです。

*参考 『赤ペンチェック自民党憲法改正草案』伊藤真